オーストラリアの企業倒産法の改正

現在、オーストラリアでは、コロナウィルス対策として、企業の倒産を防止するための倒産臨時措置法が施行されていますが、これは20201231日に期限を迎えて終了する予定です。その後に多くの企業(特に中小企業)の倒産が発生することが予測されており、それに対する対応として企業(特に中小企業)の倒産を迅速かつ効率的に処理するための会社法(オーストラリアの会社の倒産手続は会社法に規定されています)の改正が予定されています。

この会社法の改正案(Corporations Amendment (Corporate Insolvencvy Reforms) Bill 2020は、こちらで確認することができます。また、その下位規則である会社法規則の改正案であるCorporations Amendment (Corporate Insolvency Reforms) Regulations 2020と破産実務規則(Insolvency Practice Rules (Corporations) 2016)の改正案であるInsolvency Practice Rules (Corporations) Amendment (Corporate Insolvency Reforms) Rules 2020は、こちらで確認することができます。この会社法の改正は、連邦議会での審議・承認を経た上で、来年11日から施行される予定となっています。

以前のブログ記事『オーストラリアの倒産手続(外部管理)』で紹介したとおり、オーストラリアの倒産手続には、主として、事業の再生を目指す再生型の「任意管財手続(Voluntary Administration)」と事業の清算処分を目指す破産型の「清算手続(Liquidation又はWinding Up)」の2種類があります。今回の法改正では、これらの2種類の手続について新たに簡易なヴァージョンの手続を導入するというものです。

1.簡易再生手続(Restructuring)の導入

今回の法改正では、任意管財手続の簡易なヴァージョンとして、簡易再生手続(Restructuringが導入されることが予定されています。

簡易再生手続は、債務(偶発的債務を除く)の総額が$1M未満の会社に適用されます(会社法規則の改正案5.3B.03(1))。

会社が支払不能である、又は支払不能に陥ることが合理的に予見できる場合には、会社は取締役会決議によって、Restructuring Practitioner(再生人)を任命することができ(会社法の改正案453B条)、この再生人の任命によって簡易再生手続は開始します(同453A条)。債権者その他の第三者は簡易再生手続を開始することはできません。再生人は任命後1営業日以内にASIC(会社の監督機関)及び会社の債権者に対して任命を通知する必要があります(会社法規則の改正案5.3B.45条)。

任意管財手続や清算手続と同じく、再生人に任命されることができる者は、原則として、ASICに登録された資格のある清算人(登録清算人:Registered Liquidator)のみです(会社法の改正案456B条)。この登録清算人になるためには、会計関連の学位を持ち、直近5年間においてシニアレベルで4,000時間以上の倒産関連業務に従事した経験を有するなどの要件を満たした上で、ASICに申請して登録を受ける必要があります。ただし、今回の改正では、再生人に関する限りにおいて、この登録清算人の要件を緩和されており、豪州において認められた会計士の資格(Chartered Accountants Australia and New ZealandCPA Australia又はInstitute of Public Accountantsの会計士の資格)を有し、再生人の責務を果たすだけの能力があることが立証され、その他Insolvency Practice Schedule (Corporations)に定める条件(適切な保険への加入、豪州在住であることなど)を満たすことができれば、再生人に任命されることができる登録清算人となることができます(破産実務規則の改正案20-2条)。

簡易再生手続では、会社の既存の取締役は、簡易再生手続の開始後も、会社のコントロールを維持し、会社の通常の業務の範囲内で(in the ordinary course of business)事業活動を継続することができます(他方で、通常の業務の範囲外の事業活動については再生人の承認又は裁判所の許可が必要です(会社法の改正案453L条))。簡易再生手続において会社の通常の業務の範囲内で、又は再生人の承認若しくは裁判所の許可を得て会社が債務を負った場合、会社の取締役は破産取引阻止の義務の違反責任を問われません(同588GAAB条)(取締役の破産取引阻止の義務については、以前のブログ記事『オーストラリアの倒産手続(外部管理)について留意すべき点』の4.破産取引阻止の義務を参照)。

これまでのオーストラリアの倒産手続(任意管財手続と清算手続)では、任命された管財人又は清算人が会社の事業及び財産についてコントロールし、既存の取締役はコントロールを失うことになっており、いわゆるDebtor in Possessionモデルは採用されていませんでした(以前のブログ記事『オーストラリアの倒産手続(外部管理)について留意すべき点』の2.DIP型手続を参照)。今回の改正で導入される簡易再生手続では、オーストラリアの倒産手続で初めてDebtor in Possessionのモデルが採用されることになります。

再生人の役割は、会社の既存の取締役に対して債務整理についてアドバイスし、再生計画(Restructuring Plan:債権の減免・支払延期などが規定される:詳細については会社法規則の改正案5.3B.13条及び5.3B.14条参照)の作成をサポートすることなど(会社法の改正案453E条)であり、既存の取締役をサポートし、監督するという役割になります。再生人の役割・権限等の詳細については、規則案5.3B.08に規定されています。

会社は、再生人のサポートを受けて、再生計画案を作成します。再生計画案は、簡易再生手続の開始から20営業日以内に債権者に提案される必要があります(会社法規則の改正案5.3B.02(1)(b)5.3B.15条、5.3B.19条)。また、再生人は、簡易再生手続の適用基準が満たされているか否か、及び会社は再生計画案に従って債務を弁済できる可能性が高いか否か等について意見を述べた書面を作成し、再生計画案と一緒に債権者に提出する必要があります(同5.3B.16条)。また、再生計画案についてASICへの通知も必要になります(同5.3B.47条)。

債権者は再生計画案の受領から15営業日以内に承認するか否かの判断を会社に伝えます(同5.3B.19条)。債権者が再生計画案に記載されている自己の債権金額について異議がある場合には、再生計画案の受領から5営業日以内に会社に伝える必要があります(同5.3B.20(2))。なお、担保を有している債権者は、当該担保でカバーされない債権額についてのみ再生計画案について債権者として扱われ(同5.3B.25(1)(e))、また、再生計画案に同意をしない限り、当該担保及びそれによってカバーされる債権額について、承認された再生計画について拘束されません(同5.3B.27(3))。

債権額の過半数の債権者が再生計画案に同意した場合、再生計画案は債権者に承認されたことになり(同5.3B.23条)、その後、会社は、再生人の監督の下、再生計画に従って既存の取締役が運営することになります。この債権者による再生計画案の承認について、債権者集会を開催する必要はなく、再生計画案の承認は、電子的な方法(オンラインでの投票等)で採決されることが予定されています。債権者が再生計画案を承認しない場合、取締役は別の倒産手続(任意管財手続又は清算手続)の開始を検討することになります。

簡易再生手続の期間中(再生計画が承認されるまでの期間)は、再生人の同意又は裁判所の許可がない限り、債権者による訴訟提起や担保権の執行は禁止され、また、会社の取締役等の個人保証の執行も禁止されます(会社法の改正案453Q条、453R条、453S条、453V条)。ただし、任意管財手続の場合と同様(以前のブログ記事『オーストラリアの倒産手続(外部管理)について留意すべき点』の5.モラトリアムを参照)、会社の全ての資産に対して担保権を有している担保権者は、例外的に簡易再生手続の開始から13営業日以内であれば担保権を実行することができます(同454C条)。 

2.簡易清算手続(Simplified Liquidation Process)の導入

今回の法改正では、清算手続の簡易なヴァージョンとして、簡易清算手続(Simplified Liquidation Process)が導入されることが予定されています。

簡易清算手続は、事業を再生できる見込みがない小規模な会社(偶発債務を除く債務の総額が$1M未満の会社)について適用されます(会社法規則の改正案5.5.03(1))。また、簡易清算手続は「債権者による任意清算(Creditors’ Voluntary Liquidation)」の場合にのみ利用が可能です(会社法の改正案500AA(1))。

* 以前のブログ記事『オーストラリアの倒産手続(外部管理)』で紹介したとおり、オーストラリアの清算手続には、裁判所が命令を出して清算人を選任する「強制清算」と会社が株主総会の特別決議によって自ら清算人を選任する「任意清算」があります。また、「任意清算」については、債権者の関与なしに株主主導で進めることができる「株主による任意清算(Members’ Voluntary Liquidation)」と債権者の関与が必要になる「債権者による任意清算(Creditors’ Voluntary Liquidation)」の2種類があります。前者については、会社が全ての債務を弁済することができる場合に利用することができ、債権者の利益が害されることがないため、債権者の関与が不要となっています。後者については、会社が全ての債務を弁済することができない場合に利用され、債権者の利益に影響を及ぼすため、債権者の関与が必要になっています。簡易清算手続は、この後者の「債権者による任意清算(Creditors’ Voluntary Liquidation)」の場合にのみ利用可能ということになります。

会社の取締役会は、簡易清算手続の適用基準が満たされていると信じる合理的な理由があると考える場合には、任意清算を決定して清算人を選任する株主総会の特別決議がなされた日から5営業日以内に、簡易清算手続の適用基準が満たされている旨の宣言をしなければなりません(会社法の改正案498条)。この宣言を受けて、清算人が簡易清算手続の採用を決定することができます。清算人は、簡易清算手続の適用を決定する10営業日以上前に、会社の株主及び債権者に対して簡易清算手続の適用基準が満たされている旨を通知しなければなりません(同500A(3))。会社の債務全体の25%以上の債権額を有する債権者が簡易清算手続に反対した場合、簡易清算手続を行うことはできなくなります(同500AB条)。簡易清算手続を適用することを決定した場合、清算人は5営業日以内にASICに通知をする必要があります(会社法規則の改正案5.5.06条)。

簡易清算手続が適用される場合、清算人は、会社法533条に基づく会社の調査及びASICへの報告(会社の倒産に関して取締役や従業員等に会社法の違反があったか否かの調査などを調査してASICに報告する)をする必要がなくなります(会社法の改正案500AE(2)(a))。ただし、簡易清算手続が行われている場合であっても、債権者に対して重大な不利益を与える上記のような違反があったと清算人が考えるに至った場合には、ASICへの報告をすることが必要になります(会社法規則の改正案5.5.05条))。また、清算手続において必要とされている様々な債権者集会を行う必要もなくなります(会社法の改正案500AE (2)(b)以下)。偏頗弁済(Unfair Preference)や否認取引(Voidable Transaction)に関する例外も設けられています(同500AE(3)(a)及び(b))。通常の清算手続であれば、清算手続開始から6ヶ月以内に行った偏頗弁済は無効となるのですが、簡易清算手続においては、この期間が3ヶ月に短縮され、相手方が関連会社ではなく、かつ金額が3万豪ドル以下であれば、偏頗弁済であっても無効となりません(会社法規則の改正案5.5.04条)。

今回導入される簡易再生手続と簡易清算手続の主な内容の説明は以上のとおりです。

改正法案はまだ審議段階にあるため、今後法案として成立するまでに内容が変更される可能性がある点には留意ください。