商業用不動産の賃貸借契約(Commercial Lease)について

オーストラリアの不動産は、大きくいって居住用不動産(Residential Property)と商業用不動産(オフィスや店舗)(Commercial Property)の2つに区分することができます。今回は後者の商業用不動産の賃貸借契約(Commercial Lease)について説明します。

(1)賃貸借契約のフォーマット

Real Estate Institute of NSWなどの業界団体が商業用不動産の賃貸借契約のフォーマットを作成していますが、一般的にはあまり使用されていません。オーストラリアでは、商業用不動産の賃貸借契約は、小規模な物件であっても弁護士が作成することが多く、各弁護士の保有している賃貸借契約のフォーマットが使用されるのが一般的です。

(2)賃貸借期間

オーストラリアでは、期限を定めた賃貸借契約が一般的であり、期限が到来すれば賃貸借は終了します(日本でいう定期借家契約と同じです)。日本の借地借家法のように居住用不動産の場合には正当の事由がなければ賃貸借期間が終了した後も賃貸借を終了させることはできないという規制は存在しません。小規模物件の賃貸借契約であれば賃貸借期間は35年、あまり頻繁な移動はしない大企業の本社として使用するオフィスやスーパーマーケットの賃貸借契約などであれば賃貸借期間は1020年として、賃借人に12回の同期間分の延長オプションが与えられていることが多いと考えます。

(3)賃料

賃料は年額で定められ、支払いは翌月分を先払いする形で行われることが通常です。賃料は1年に一度、消費者物価指数(CPI)に連動して、又は予め賃貸借契約書に定めた一定の割合(例えば3%)で増加すると定められているのが一般的です。これに加えて、何年かに一度(例えば5年に一度)、Market Reviewといってその時点でのマーケットの賃料金額(両者で合意できなければ第三者の鑑定人が算出する)に合わせる賃料改定がなされることが規定されるのが一般的です(但し、賃料を減額する方向での改定はなされないのが通常です)。

(4)敷金

敷金は、日本と同じで、賃借人の賃貸借契約違反(賃料不払い、物件の毀損など)によって賃貸人に発生した損害に充当するための担保の役割を果たします。商業用不動産の場合、敷金は賃料の3ヶ月分~12ヶ月分と様々ですが、6ヶ月分とすることが多いように思われます。賃貸人は現金で支払うこともありますが、賃貸人に銀行が発行する支払保証書(bank guarantee)を差し入れる方法で対応することが多いと考えます。また、これに加えて親会社の保証が求められることもあります。なお、オーストラリアでは、礼金に相当するものは存在しません。また、賃貸借契約を更新する際に、賃貸人が更新料を徴収する習慣もありません。

(5)各種費用(Outgoings

物件にかかる各種費用(Outgoings)、具体的にはCouncil Rates:市町村政府が提供する地域のインフラやサービス(道路、下水、ごみ収集、公園・図書館等の公共施設等)をまかなうために不動産所有者に対して課されるもの)、土地所有税(Land Tax)、建物・施設の管理・清掃費用、建物にかかる保険の掛金等については、賃貸借契約において賃貸人が賃借人にBack to Backで全額負担させることが良く見られます(このような賃貸借はTriple Net Leaseと呼ばれます)。各種費用については、毎月又は四半期毎に支払われますが、賃借人は賃貸人が対象期間に発生する各種費用の見積金額を前払いし、毎年1回実際に発生した各種費用との差額を調整します。また、当然ながら賃借人が使用した電気・水道・ガスの料金は賃借人自身が負担します。

(6)使用目的

賃貸借契約には物件の使用目的が規定されており、賃借人は、賃貸人の同意を得ることなしに、規定された使用目的以外の目的で物件を使用することは許されません。

(7)転貸又は賃借権の譲渡

物件の転貸借又は賃借権の譲渡は、賃貸人の同意なく行ってはならないと規定されているのが一般的です。また、賃借人のChange of Control(支配権の変更、すなわち親会社の変更など)についても賃貸人の同意事項とされていることが多いため、M&ADDでは賃貸借契約のChange of Control条項は重要なイシューになります。なお、物件に抵当権が設定されている場合、賃貸借契約において賃貸人の同意が必要になるとされている事項については、抵当権者の同意も必要となるとされていることが多くなっています(抵当権者は銀行であることが多いため、その場合には抵当権者の同意の取得には時間がかかる傾向にあります)。

(8)賃貸借契約の解除

一定の期間を予め定めた賃料で借りるということになるため、賃貸借契約書において特段の定めがない限り、賃貸借期間中に賃借人から通知をして解除できる権利はありません。また、日本の借地借家法に相当するものは存在しないため、賃貸借期間を超えても正当な事由がなければ賃借人がそのまま賃貸借を継続できるという権利もありません。賃借人が賃貸借期間中に解除する場合、賃貸借契約において別段の定めのない限り、賃借人は残りの賃貸借期間について、次の賃借人が見つかるまでの間の賃料を損害賠償金として支払わなければなりません。賃貸借期間中に賃借人から賃貸借を解除する場合には、賃貸人と合意の上で、賃借人が追加で数ヶ月分の賃料を支払うことで残りの賃貸借期間の賃料の支払いの免除を受けるようにするのが通常です。

(9)原状回復義務

賃貸借の終了時において、賃借人は物件を賃貸借開始時点の状態に戻して(但し、通常の使用による損耗を除く)賃貸人に返却する必要があります。賃貸借開始時点の物件の状態を確認するために、賃貸借開始時点において賃貸人と賃借人の代表者が物件の状態を確認し、写真を撮り、設備・備品のリストを作成するなどして、Condition Reportを作成し、賃貸人と賃借人の代表者がそれぞれ署名することが行われています。賃貸借の終了時点における原状回復はこのCondition Reportをベースに行われます。

(10)インセンティブ

オーストラリアでは、賃借人に入居してもらうために賃貸人がインセンティブを提供することが良く見られます。インセンティブとして一般的なものは、一定の期間の賃料免除(Free-Rent)、賃借人のFit-Out(内装)の費用の一部負担などがあります。一般的に商業物件の価値は賃料(Net Operating Incomeなど)をベースに算定されることが多いため、賃貸人は賃料を下げることは好みません。その代わりに賃料免除やFit-Out費用の一部負担などをインセンティブとして提案することが多いといえます。なお、物件を売却する場合、賃貸人が賃借人に提供している賃料免除やFit-Out費用の一部負担は売主側(現所有者)の負担とし、買主側が負担しないように取り決めるのが一般的です。

(11)賃貸借の登記

物件を占有している賃借人の賃借権は、賃貸借の期間が一定の期間(首都特別地域、ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州、北部準州、タスマニア州では3 年間、南オーストラリア州では1 年間、西オーストラリア州では5 年間)を超える場合、賃借権を登記しなければ、賃借権の設定後に登記された権利を有する者に対して対抗できません。例えば、一定の期間を超える賃借権設定後に物件が譲渡されて新たな所有者が所有権登記をした場合、賃借人は賃借権を新たな所有者に対抗することができなくなります。上記の賃借権の期間の計算には、オプション行使によって延長できる賃貸借期間も含まれます。なお、ヴィクトリア州では期間にかかわらず物件を占有している賃借人の賃貸借は登記されなくとも対抗できます。

(12)FIRBの承認

賃借人がForeign Acquisitions and Takeovers Act 1975 (Cth)(外資買収法)に定める「外国人(foreign person)である場合、賃貸借期間が5年(オプションによって延長される期間を含む)を超える賃借権を取得し、当該賃借権の対価が基準値を超過していれば、FIRBの承認が必要になります(以前のFIRBに関する記事の2(1)(C)と2(2)(B)を参照)。賃借権の対価は、賃貸借契約締結時に支払われるup-front initial payment(もしあれば)、賃貸借期間に支払われる賃料の合計金額、延長時に支払われる金額(もしあれば)の合計金額になります(FIRB Guidance Note 33参照)。

(13)小売店舗の保護

上記のとおり、日本の借地借家法のような賃借人を一般的に保護する法制度は存在しませんが、家主と比べて立場の弱い小規模の小売店舗テナントを保護する法律が各州で制定されています(Retail Leases Act 1994 (NSW)など)。これらの法律の定める保護の内容は州毎に異なっており、様々な保護が規定されているため(賃貸借開始までに賃貸人は賃借人に対して賃貸借契約に関する開示書類を手渡さなければならないなど)、小売店舗の賃貸借契約を締結する際にはこれらの小売店舗テナントを保護する法律に違反しないように確認することが必要です。各州の小売店舗テナント保護法制度を比較した資料がClayton Utzから出されていますので参照ください。