オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その3)

Juris Doctor課程の1年目が終了した後の2年目が始まるまでの休暇期間に国際法律事務所でインターンをした時の記録です。

III.Norton Roseシンガポール支店でのインターン経験

2010年1月4日から22日までの3週間、Norton Roseというイギリス系の国際法律事務所のシンガポール支店において、インターン(Winter Placement Student)として研修しました。このインターンは、就職課のWebsiteに載っていた情報を見て、2009年10月頃に応募して11月に採用通知を受けました。面接はなく、CV・カバーレター・成績証明書を送付しただけです。インターン採用されたのは数名のみであったそうです。

Norton Roseはイギリスの法律事務所で、今年1月にオーストラリアのDeaconsと合併しました。所属弁護士は約1800人で、世界中に30支店を開いています。Norton Roseはこれからアジア地域でのプラクティスに力を入れていくということで、オーストラリアの弁護士をアジアの支店に多数リクルートしたり、2009年に東京に支店を設置したり、中国の支店で中国人弁護士の採用を拡大する等の行動を起こしています。現在でも1800人の弁護士のうちアジア・パシフィック地域には700人の弁護士がいます。

シンガポール支店には約60名弁護士がいて、その半分の30人くらいはシンガポール弁護士、15人くらいがイギリス弁護士、7人がオーストラリア弁護士であったと思います。他にもインド弁護士、香港弁護士等がいました。シンガポールを中心とする東南アジア各国のプラクティスをやっていましたが、インドに近いことから、インド・プラクティスもやっていました。確かシンガポール支店だけで、インドの法曹資格がある弁護士が5人いると言っていたかと思います。といってもインド人がイギリスで教育を受けて、イギリスの法曹資格を取得すればインドの法曹資格も簡単に取得できるそうなので、インドでプラクティスはしたことがないけれどインドの資格だけは持っているというインド人弁護士もいました。インド・プラクティスのHeadの弁護士(インド人、この方はインドでのプラクティス経験あり)が以前メルボルンで勤務していたこともあり、興味を持ってもらいインド・プラクティスに関するアサインメントをもらったりしました。中国プラクティスは香港支店の方でやっているようで、中国人弁護士はいませんでした。

シンガポール支店は、イギリス法の他にも香港法やシンガポール法をアドバイスする資格も有しているそうです。2009年にシンガポールで司法制度改革があり、6つの外国法律事務所に初めてシンガポール法でプラクティスする資格を与えたそうですが、そのうちの1つがNorton Roseであるそうです。

インターンは私の他にもう1名いて、彼女はシドニー大学LLBで勉強しているシンガポール人でした。シンガポール国立大学のLLBに行けなかったからシドニー大学のLLBに来たと言っていました。インターンの仕事内容は、シンガポール法、イギリス法、オーストラリア法、日本法、インド法等についてリサーチして、その結果を報告するといったことをやっていました。制定法のリサーチは各国政府のHPにある法令検索システムを使用し、判例法のリサーチはWest Lawを使用しました。West Lawはメルボルン・ロースクールでよく使っていたので特に困難はありませんでした。なお、メルボルン・ロースクールではLexisNexisとWest Lawの両方が使えるように指導を受けます。

アサインを受けるにも、リサーチ結果を報告するにも英語で話さなければならず、英語が聞き取れずに聞きなおしたり、私の話す英語がつっかえたりすると、非常に相手にFrustrationを与えていると感じました。自分の英語力のなさに情けなくなりましたが、このレベルがクリアできれば英語でもプラクティスできると思うと、頑張らなくてはと励みになりました。

私はDispute Resolutionのグループに所属していました。Dispute Resolutionのグループでは、主にシンガポールでの仲裁案件を扱っていました。私が見せてもらった案件は、シンガポールで行った仲裁判決のインドでの執行、アメリカの会社対インドネシアの会社のシンガポールでの仲裁案件等国際的なものが多かったです。

後輩弁護士やインターンと話すのが好きなオフ・カウンセルのシンガポール弁護士がいて、もう1人のインターンと一緒に毎日その弁護士と雑談をしていました。その方は煙草を吸うので、雑談は1階の煙草を吸うスペースまで連れて行かれてやっていました(事務所は31階にあるのでわざわざその都度1階まで降りていました)。雑談の内容は、なぜJALは破綻したのかとか、マレーシア人とシンガポール人の違いとか、法律と全く関係ない内容でしたが、おかげでインターン期間中楽しく過ごすことができました。

ロンドンから派遣されてきている3人のTraineeに何度かランチに連れて行ってもらったりしました。2人はイギリス人で1人はインド人ですが、皆イギリスの大学を出ています。彼らはもうすぐ2年間のTraineeshipが終わり、イギリス弁護士資格が取得できるそうで、2人はシンガポールの後はロンドン本店に戻り、1人はアムステルダム支店に行くことになると言っていました。支店間の人事移動は多くあるそうです。実際にインターンとして初日に事務所に来所した際に、ロンドンから同日付で赴任してきた2名のイギリス人弁護士がいて、彼らと一緒に事務所内でのあいさつ回りに行きました。異なる法域(Jurisdiction)でプラクティスするとまた1から現地の実務を理解しなければならないから大変ではないかと聞いてみましたが、企業法務に必要な法律実務の能力はTransferrableなので、どこの支店にいってもプラクティスはできるから大丈夫と言っていました。BankingやCorporateでも基本はどこでも同じで、細部が各Jurisdictionで異なっている、基本ができていれば、どこでもプラクティスできるということでした。

研修期間中に、シンガポール最高裁判所と複合仲裁施設Maxwell Chambersに見学に行きました。シンガポール政府はシンガポールを国際仲裁地として育てようと考えており、その一環として2009年に複合仲裁施設のMaxwell Chambersを建設しました。また、シンガポール法を国際取引で使用してもらうために、外国法律事務所にもシンガポール法でプラクティスする資格を与えたり、外国の大学で学んだ学生に対してシンガポール法の法曹資格を取得しやすくする制度改革(成績要件を上位30%から70%へ緩和する等)を2009年に行っています。シンガポールは、国を挙げて、Legal Industryを成長させて、アジアの国際取引においてシンガポールの法律事務所を使用してもらおうという戦略をとっています(ライバルは香港です)。

シンガポールには合計4週間滞在しましたが、前半の2週間はホテルに滞在し、後半の2週間はメルボルンJDのシンガポール人のクラスメートの家に泊まらせてもらっていました。クラスメートの家からは職場までバス20分・電車20分の通勤生活でしたが、バス・電車は混雑しておらず、頻繁に便があるので、非常に快適に通勤できました。日本のような通勤ラッシュにはなりません。他にも色々そうなのですが、シンガポールは全てが非常に効率的で、上手く管理されている社会です(車の値段を高くしたり、通勤時に中心地へ車で入る際には料金を徴収する等の方策で道路の渋滞を防いでいる等)。

シンガポールは英語が公用語ですが、人口の70%である華人は中国語を話します。中国語は広東語、福建語等の方言がありますが、シンガポール政府は学校で教える中国語は北京語(Mandarin)に統一しているため、シンガポール人の華人は北京語を話します。

シンガポールでは外国人を積極的に受け入れており、人口500万のうち100万人が外国人だそうです。単純労働の労働者も受け入れており、工事現場やメイドとして働いています。その関係で、シンガポールの家庭の多く(半分まではいかないかもしれないがかなりの家庭)では、外国人のメイドを住み込みで雇っています。クラスメートの家にもインドネシア人のメイドの方がいました。15年くらいずっと住み込みで働いているので、家族の一員のようになっています。クラスメートの家族はメイドとマレー語で会話をしています。マレー語とインドネシア語は、ほとんど同じらしく、マレー語ができればインドネシア人と意思疎通ができるとのことです。工事現場でも働いている多くの人は外国人であるそうです。シンガポールでは多くの人がHDBという政府が建設したマンションに住んでいるのですが、このHDBにもメイド用の部屋がついているものがあるそうです。シンガポールでは、薬物関係の犯罪でも死刑が課されることがあり、薬物関係の死刑の被告人の多くは外国人であるそうです。また、多民族社会(中華系、マレー系、インド系等)であるシンガポールでは、民族間の融和を図るために、同じ民族同士で固まって住んではいけないという規制があります。HDBでも民族の人口比率に応じて入居できる民族の割合が決まっています。

シンガポールでは、英語を公教育に取り入れたのが、2、30年くらい前からで、それ以前は中国語で教育を行う中華系学校、英語で教育を行う英語系学校等に分かれていたそうです。クラスメートの母親の兄弟姉妹間でも中華系学校に行った方は英語があまり話せませんが、英語系学校に行った母親は英語がネイティブに話せます。母親は英語系学校に行ったおかげで、良い仕事につくことができたので運が良かったと話していました。今は公教育が英語に統一されたので、今の若者は英語が第一言語ですが、年配の方の中には英語教育を受けておらず、英語が不自由な方(中国語は話せます。)もいます。

シンガポールでは市民権又は永住権を持つ男子は2年間の徴兵訓練が義務付けられています。また、その後も継続的に軍隊で訓練を受けなければなりません。Norton Roseのある男性弁護士も休暇をとって軍隊に訓練にいっていました。軍事力がないと外交交渉を有利に進められないためであり、徴兵制を通じて軍事力を身近に感じているシンガポール人がそういったリアリスティックな認識を持っている点も日本と違うと感じました。隣国のマレーシアでは中華系住民を差別する政策をとったり、急進的にイスラム教を推し進めたり、シンガポールへの水の供給を止めると脅す等の行動をとっているため、シンガポール人のマレーシアに対する感情はかなり悪いです。

4年前の2006年にもシンガポールに1週間滞在したのですが、その頃と比べてもかなりの変化を感じました。中心地に大きなカジノができましたし、世界初の夜間F1も開催され、セントーサでも新しいリゾート施設がオープンしました。空港も大きくなって、娯楽・リラックスするための施設が増設されていました。シンガポールはかなり勢いがあり、きちんと将来のことを考えて、手を打ってきているという感じです。国が小さく小回りが利くからだと思いますが、日本と対比していろいろと考えさせられることが多かったです。