オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その2)

イギリス、アメリカ、オーストラリア、シンガポール、香港などの旧イギリス植民地の国(コモンロー圏)の法律はイギリスの法律をルーツとしており、コモンロー圏の国の法曹資格を取得すれば、他のコモンロー圏の国の法曹資格を取得しやすくなっています。以下では、オーストラリアの法曹資格はどのようにすれば取得できるのか、オーストラリアの法曹資格を得た後で、どのようにすればイギリスなどの他のコモンロー圏の国の法曹資格を取得できるかについて、2011年4月当時に調査した結果を記載しています。

II.オーストラリア及びその他のコモン・ロー圏の国の法曹資格取得方法

(1)オーストラリアの法曹資格取得方法

JD又はLLBの取得後に、(i)Traineeshipと呼ばれる1年間の法律事務所での研修を受けるか、又は(ii)Practical Legal Training(PLT)と呼ばれる半年間の研修機関での研修を受けることによって、ビクトリア州(シドニーのあるニューサウスウェールズ州も大体同じ)での法曹資格を取得することができます。

Traineeは通常そのままAssociateとして同じ法律事務所で採用されて勤務を続けますので、Traineeshipの採用活動が法律事務所の新人弁護士採用活動になります。更にTraineeは法律事務所でインターン(Seasonal Clerkship)を行った学生の中から選ばれるため、法律事務所に採用されるには、まずはこのSeasonal Clerkshipを獲得しなければなりません。Seasonal Clerkshipの採用活動は卒業年の前年の6~7月頃に募集が行われます。採用されれば夏季休暇か冬季休暇中にインターンを行い、そのインターンを行った法律事務所からの評価が良ければ、Traineeshipのオファーがもらえます。Traineeとして採用されるのはなかなか大変で、この採用活動を有利に進めるためにも良い成績が必要になります。Big 6の一つである法律事務所のメルボルン・オフィスでは、2010年のSeasonal Clerkship募集について、ロースクール生700名から応募を受け、120名を面接し、60名をSeasonal Clerkshipとして採用し、さらにこの中から20名を最終的にTraineeとして採用するということでした(倍率35倍)。JD学生については正規の1期生の卒業生が出ていないため不明ですが、これまでのLLBの学生の半分くらいはTraineeshipを獲得できるが、残りの半分くらいは獲得できないか、そもそも法曹以外の進路に進むために応募しないそうです。

法律事務所のTraineeshipを獲得できない場合には、PLTを経ることで法曹資格を取得できます。PLTを実施している研修機関は、ビクトリア州には3つあり(Leo Cussen Institute、College of Law及びANU Legal Workshop)、このいずれかに半年間通えばよいことになります。半年間のコースのうち、大体半分くらいは実際に法律事務所等に派遣されて行われる実務研修に充てられます。

PLTの方が早く法曹資格が取れるのですが、Traineeshipであれば将来の職も確保でき(将来の職場で働いている)、研修中に給料がもらえるのに対し、PLTでは研修機関に学費(例えば、Leo Cussen Instituteは約14,000豪ドル)を支払わなければならないので、普通はTraineeshipが獲得できるのであれば、Traineeshipを選びます。オーストラリアの法律事務所は、永住権を持っていない留学生は基本的にTraineeとして採用しないため、そういった留学生はPLTを受けてオーストラリアの法曹資格を取得することになります。

なお、私は、2011年1月よりANU Legal WorkshopのPLTを開始しました。完全にOn SiteのコースであるLeo Cussen InstituteやCollege of Lawとは異なり、ANU Legal Workshopでは、コースの大部分がオンラインで学習できます(したがって、海外にいても学習できます。)。内容は、Practical Legal ExperienceとElective Subjectsからなります。前者は、1週間の集合研修(クライアントインタビュー、交渉、法廷弁論、証人尋問等の練習)、最低20日間の実務研修及び4ヶ月間のオンラインのヴァーチャル法律事務所での研修からなり、後者は、5つの選択科目(行政法、刑事法、親族・相続法、労働法、消費者法等)のオンラインでの学習からなります。ヴァーチャル法律事務所での研修では、毎週パートナー弁護士からアサインメント(メモランダム、訴状の作成等)が出され、それを4人のグループで作成して提出します。毎週4人のメンバー間でオンラインの会議電話でディスカッションしたり、クライアント役のインストラクター相手に会議電話で模擬インタビューをしたりもします。コースの費用は全部で約12,000豪ドルであり、パートタイムで履修すると約1~2年程度で修了することができます。コース修了後はオーストラリア(ヴィクトリア州)の弁護士資格が取得できることになります。

(2)香港の法曹資格取得方法

1.オーストラリアJD修了

2.PCLL(Postgraduate Certificate in Laws)コース(毎年9月から1年間)の修了

PCLLは、The University of Hong Kong, the City University of Hong Kong又はThe Chinese University of Hong Kongのいずれかの香港の大学で受講ができます。

但し、PCLLコースの受講をするためには、コモン・ロー11科目のConversion Examsに通る必要があります。メルボルンJD卒業生は、通常は7科目(Contract、Tort、Criminal Law、Equity、Civil Procedure、Criminal Procedure、Evidence及びBusiness Associations)について免除が受けられるため、4科目のみ(Hong Kong Land Law、Hong Kong Legal System、Hong Kong Constitutional Law及びCommercial Law)のConversion Examsを受ければよいことになります。この試験はJD修了からPCLL入学年の7月までに合格しておかなければなりません。

また、規則等に明文で書かれた要件ではないのですが、メルボルン・ロースクールの卒業生で成績が平均70点未満の学生は、PCLL受講が大学から許可される可能性はほとんどないそうです。メルボルン・ロースクールでは、毎年4月頃に香港就職説明会が開かれ、上記3つの香港の大学がPCLLコースの宣伝にやってくるのですが、Admission担当者の方は、平均70点なければまず受講は認められません、と明言していました。日本の弁護士資格があっても関係ないそうです。香港の国際法律事務所は新人弁護士の採用要件として成績が平均70点以上であることを掲げていますが、それはこのPCLLの受講要件と関わってくるからだそうです。オーストラリア屈指の大学であるメルボルン大学のJDで成績平均70点以上というのはノン・ネイティブの日本人留学生にとってはかなり大変です。

3.香港の法律事務所での2年間のTraineeship

PCLL修了後に、2年間香港の法律事務所でTraineeとして勤務すると、香港弁護士の資格が取得できます。なお、香港の法律事務所への就職活動はJD/LLB在学中に行われます。内定をもらった学生は就職先の香港の法律事務所からPCLL受講中の学費+生活費を出してもらい、PCLL修了後にその法律事務所とTraineeshipの契約を結んで勤務することになります。香港の法律事務所はPCLLの費用負担等、新人弁護士に対して相当の先行投資をするので、採用は非常に慎重です。また、オーストラリアと同様、Traineeshipの内定をもらう前に通常はSeasonal Clerkとして採用され、夏季又は冬季休暇中に香港でインターンを行い、そこで評価が良ければTraineeshipの内定をもらえることになります。

なお、香港の法律事務所といっても、オーストラリアの学生を採用しているのは英米の国際法律事務所(Linklaters、Baker&MacKenzie等)の香港支店であり、香港のローカルの法律事務所ではありません。香港就職説明会でもらった資料によると、Linklatersの香港支店は145名、Baker&MacKenzieの香港支店は273名の弁護士が勤務しているということなので、支店ですが規模は小さくありません。

4.香港弁護士の登録

 上記1~3の手続きを経て、香港弁護士してとして登録ができます。

(3)シンガポールの法曹資格取得方法

1.オーストラリアJD修了

2.The Legal Profession (Qualified Persons) Rulesによって認定された大学のLLB(アメリカの大学の場合のみJD)(最低3年間)を修了し、且つ成績が学年で上位70%以内であること。

メルボルン・ロースクールは認定された大学ですが、メルボルン・ロースクールのJDはLLBではないため、上記要件を満たしません。但し、シンガポール法務省に免除を求めて認められれば、この要件は免除されます。また、JDを2年で修了した場合、最低3年間という要件を満たさなくなるのですが、この点も免除を受けることが可能です。

今年1月のシンガポールでの研修中に、Contact Singaporeという政府機関が行っているシンガポールの法律業界の説明会に参加する機会があり、そこでシンガポール法務省のBar Admission担当者と話す機会がありました。彼女によると、「メルボルンJDはメルボルンLLBと基本的にコースのレベル・受講科目が同等なので免除は認められるであろう。またJDを2年で修了しても、3年で修了する場合と同等の授業を受講しているのであれば、免除は認められるであろう。」との回答を受けました。但し、成績要件は厳格であり、上位70%以下であれば、まず免除は認められないとのことでした。2008年以前は、成績要件は上位30%以内でしたが、2009年により多くの海外留学者に法曹資格取得を認めようということで、上位70%まで基準を下げたそうです。なお、シンガポール国立大学といったシンガポール国内のLLB卒業生にはこのような成績要件は課されていません。

3.シンガポールの国籍又は永住権を有すること

シンガポールの国籍又は永住権がなければ4.以下の司法試験を受験することはできません。

4.司法試験(Part A)

司法試験(Part A)は、海外の大学を卒業した者にのみ課されます。海外の大学卒業生は毎年11月に行われるConversion Examinationに合格する必要があります。2009年に初めて実施され、合格率は87%であったそうです(上記シンガポール法務省担当者)。シンガポール国立大学が毎年8月から3か月の試験対策講座を実施しています。

また、司法試験(Part A)の一部として、6ヶ月間のシンガポール法の法律事務所での研修を受ける必要があります。

5.司法試験(Part B)及び実務研修

司法試験(Part B)は、シンガポール国内の大学卒業生・海外の大学卒業生の両方に課されます。法曹教育委員会(The Board of Legal Education)が実施する5ヶ月の研修コースを受講して、最後に行われる試験に合格する必要があります。上記試験合格に加え、法曹教育委員会から要求される食事会への出席、6ヶ月間のシンガポール法の法律事務所での研修(Pupillageと呼ばれ、司法試験(Part A)の研修とは別物で、司法試験(Part A)の研修と合わせると1年間の研修になります。)も必要になります。この研修は学生時代に就職活動を行って内定をもらっている法律事務所で行い、研修後はそのままそこに就職するのが通常です。

なお、コモン・ロー圏の国・地域で、当該国・地域の資格を持って2年以上プラクティスしている場合には、この司法試験Part Bの免除の申請をすることができます。例えば、オーストラリアの法曹資格で2年以上プラクティスしている場合には、司法試験(Part A)、司法試験(Part B)及び実務研修のうち、司法試験(Part A)のみ合格すればよいことになります。

6.シンガポール弁護士の登録

上記1.~5.の手続きを経て、シンガポール弁護士として登録できます。JDを修了して直ちに資格を取得しようとすると資格取得(司法試験A、B及び実務研修)まで約2年かかり、他のコモン・ロー圏で資格を取って2年以上プラクティスしてからであると資格取得まで約1年かかるということになります。

(4)イギリス(イングランド及びウェールズ)の法曹資格取得方法

<初めて取得する資格がイギリスの資格である場合>

1.オーストラリアJDの修了

2.Legal Practice Course (LPC)(@イギリス)の修了(1年間)

3.イギリス法の法律事務所での2年間のTraineeship

4.イギリス法の法曹資格取得

この資格取得方法は、イギリス系の国際法律事務所(Linklaters等)がオーストラリアの学生に対して提案しているものです。彼らはオーストラリアの学生をリクルートし、ロンドン本部で採用して、イギリスの学生が受講するのと同じLPCをイギリスで受講させて(費用・生活費は事務所負担)、事務所でTraineeとして採用して、イギリス法の法曹資格を取得させます。このコースは、香港と並んで相当に狭き門で、かなり優秀な学生でないと選ばれません。

<オーストラリアの資格取得後の場合>

1.オーストラリアJD修了

2.オーストラリアの法曹資格(ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州等の法曹資格)の取得(上記(1)参照)

3.Qualified Lawyers Transfer Test(QLT)に合格すること

ビクトリア州又はニューサウスウェールズ州の弁護士の場合、試験科目はProfessional Conduct and Accountのみになります。QLTは年3回実施され、試験会場はイギリス(バーミングハム、ロンドン、グラスゴー)、インド(ニューデリー及びムンバイ)、アメリカ(NY、LA)又はカナダ(トロント)です。

4.2年間のコモン・ローの法曹資格での実務経験

但し、1年以上のイギリス法の実務を含み、且つ実務が3つ以上のプラクティス・エリア(Banking、Civil Litigation、Employment、Family、Intellectual Property等)に及び、紛争及び非紛争件の案件が含まれていなければなりません。普通Traineeとして法律事務所に採用された場合、ローテーションがあるので、3つ以上のプラクティス・エリアの要件は満たされます。イギリス法の実務を行っている法律事務所であれば、イギリス国外にあっても要件は満たします。例えば、イギリス系の国際法律事務所の香港支店、シンガポール支店等はこの要件を満たします。

5.イギリス法の法曹資格取得

<香港又はシンガポールの資格取得後の場合>

1.オーストラリアJDの修了

2.香港又はシンガポールの資格取得(香港・シンガポールの弁護士はQLTの全試験科目が免除される。)(上記(2)又は(3)参照)

3.2年間のコモン・ローの法曹資格での実務経験(上記<オーストラリアの資格取得後の場合>4.と同じ。香港やシンガポールのイギリス系法律事務所に採用されて2年間働いていれば、この要件は簡単に満たせます。)。

4.イギリス法の法曹資格取得

(5)アメリカの法曹資格(NY Bar)取得方法

メルボルン・ロースクールの就職課に問い合わせてみたところ、NY Barは、The Rules of the Court of Appeals for the Admission of Attorneys and Counselors at LawのSection 520.6に定めるStudy of Law in Foreign Countryの資格で受験することできるであろう、とのことでした。この規則によると、外国のロースクールであっても、コモン・ロー圏のロースクールであり、そのプログラムがその国の法曹資格取得の教育要件を満たしており、且つアメリカのABA認定校のものと期間・内容において実質的に同一のものであることがThe New York State Board of Law Examinersに対して証明できれば、NY Barが受験できるとされています。

JDを2年で修了した場合には、期間が実質的に同一という要件を満たさなくなるのではないかと思われますが、ロースクールの就職課によるとメルボルンJDを2年で修了した卒業生でNY Barを取得した方もいるようです。