信託の基礎知識(1)

豪州の法律実務が日本の法律実務と異なる点として、信託が様々な場面で利用されているという点が挙げられます。今回は豪州法上の信託の基礎知識について説明します。

(1)信託の概念

信託とは、豪州法上、「ある者(受託者)」が「ある財産(信託財産)」を「別の者(受益者)」のために保有するという法律関係をいいます。「受託者(trustee)」、「信託財産(trust asset)」及び「受益者(beneficiary)」の3つが本質的な要素となります。

(2)信託の権利関係

信託自体には法人格がなく、信託財産や信託に関する権利義務は受託者に法的に帰属します。受託者は受益者のためにこれらの信託財産を保有し、信託財産に関する権利義務を行使します。受託者は当該財産を受益者のために管理処分し、そこから得られる経済的利益・損失は受益者に帰属します。

契約書等では、信託の受託者としての資格で行為をしていることを明確にするために(「受託社名」 as trustee for 「信託名」)という表記をしなければなりません(例:ABC Pty Ltd as trustee for XZY Unit Trust)。誤って受託者としての資格で行為していることを契約書に記載しなかった場合、受託者が自身の資格で行為していると判断されてしまい、契約相手方が信託財産から債権を回収しようとしても認められず、受託者の固有財産からしか回収できないという事態も生じてしまうので注意が必要です。

受託者の固有財産と信託財産は分別管理されなければなりません。受託者とは別に信託としての財務諸表を作成します。受託者が破産しても、受託者の債権者は受託者が管理する信託財産から債権回収をすることはできません。受託者の固有の債務にかかる債権者は、特に信託財産である旨が公示されていなくても、信託財産に対してかかっていくことはできません。

(3)根拠法

信託の法制度は、コモンロー(判例の集積に基づく法)及び制定法(Trustee Act 1925 (NSW)等)の両方に規律されています。

(4)信託の種類

信託には、その特徴に応じて、Discretionary Trust、Unit Trust、Bare Trust等の種類があります。

Discretionary Trustとは、受託者がどの受益者にどの程度の信託財産の分配をするのかについて裁量を有している信託をいいます(受益者は信託財産のうちのどの程度の割合の分配を受けるのか確定することができない)。Discretionary Trustは、受益者が全て身内である家族信託(Family Trust)などでよく利用されます。

Unit Trustは、信託の受益権がUnitに細分化されている信託をいいます。Unitは会社の株式と同じようなものといえます。Discretionary Trustと異なり、受益者はその持分割合に応じて信託財産の分配を受けることができます。ビジネス法の分野で使用されるのは主にUnit Trustです。

Bare Trustとは、受託者が信託財産を保持することだけを目的とする信託です。何らかの理由で形式的に受託者を所有者にしておきたい場合に利用されます。

(5)信託の成立

信託はTrust Deed(信託契約)の締結によって成立します。NSW州やVIC州では数百ドルの印紙税を支払って信託契約を税務当局に届出する必要あります(他方で、QLD州では印紙税や届出は不要です)。

信託の設立当初は、少額(100豪ドル程度)の信託財産を拠出して設立することが一般的です。信託は、会社のようにASIC(日本の法務局に相当)に登記される必要はないため、信託に関する登記制度はありません。信託の存在を確認するためには、信託の設立根拠書類である信託契約書を受領して確認することが必要になります。なお、信託が事業を行っている場合には、信託は税務当局からAustralian Business Number(ABN – 事業を特定するために割り振られる番号)を受けることができ、このABNによって信託を特定することができます。ABNが割り振られた信託の場合、Australian Business Registerのウェブサイトにおいて、ABNや信託の名前で検索することにより税務当局に登録されている信託に関する情報を確認することができます。

以前の記事に記載したとおり、ABNを割り振られている信託の信託財産に対して動産担保を設定して登記する場合、ABNに対して動産担保の登記を行う必要があります。

長くなったので次回「信託の基礎知識(2)」に続きます。