オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その1)

私は2009年2月から2011年3月までオーストラリアのメルボルン大学に留学して、Juris Doctor(法務博士 – 専門職)課程で学びました。当時の私の経験を記録していたデータを最近見つけたので、10年も前の記録ではありますが、オーストラリアの大学院への留学(法学)やJD課程を考えている方の参考になるかと思い、その時の記録を公開することにしました。

この記録はJD卒業直後の2011年4月に当時所属していた日本の法律事務所への報告として作成したものです。以下に記載されている情報は2011年4月当時のものであることにご留意ください。

なお、私は帰国子女ではなく、オーストラリアへの留学前の海外生活の経験は、大学1年の夏季休暇中に語学研修でアメリカに3週間滞在した経験があるのみです。

I.オーストラリア(メルボルン)JDその他オーストラリア事情

(1)概要

2009年2月初旬にメルボルン大学のJuris Doctor課程に入学しました。同級生は120人いて、そのうち20人が留学生とのことでした。20人の内訳は、私の覚えている限りでは、アメリカ人3名、カナダ人3名、シンガポール人3名、マレーシア人3名、中国人3名、韓国人1人、日本人1名(後3名は不明)だったかと思います。オーストラリアは移民国家なので、オーストラリア国籍の学生自体も非常に多様で、イギリス系、ドイツ系、インド系、中国系、ギリシャ系、東欧系、南米系等のいろいろなバックグラウンドの学生がいます。年齢は21歳から50歳代までいましたが、半分くらいは学部を卒業して直接入学してきた学生なので、21~22歳が多数派でした。1年生の1学期のクラスでは、40名のクラスメートのうち私(当時29歳)は上から2番目に年長でした。中国人3名のうち2名は中国の法曹資格を持っており、日本の法曹資格を持っている私を含めると、法曹資格を持っている者は3名いました。また、英語圏の大学での学位を持っていない学生は、私と中国人弁護士1名の2名のみでした。

メルボルンJDは正式には2008年から始まりました。2008年以前もJDは存在したのですが、試験的なコースであり、法学教育の中心はLLBでした。メルボルン・ロースクールは、2008年からLLBを廃止し、JDを法学教育の中心とすることに決定しました。アメリカの制度に合わせ、アメリカのロースクールと競って海外からの留学生を引き付けるために、このような決定をしたと言われています。私は2009年度入学なので、正式にJDが始まってからの2期生ということになります。なお、このようなメルボルン・ロースクールの動きを他のオーストラリアのロースクールもまねており、ニューサウスウェールズ大学では2010年から、西オーストラリア大学では2013年から、JDを導入し、LLBを廃止する決定をしています。メルボルンJDの2008年度の学生数は約80名、2009年度の学生数は約120名、2010年度の学生数は約180名、2011年度の学生数は約250名であり、徐々に増えてきており、最終的には300名まで増やす予定であるそうです。

メルボルン大学の国際的な評価は高く、Times 2009年度ランキングでは、世界36位となっています。

(2)カリキュラム

メルボルンJDでは、全部で24科目を勉強します。基本的に各学期4科目を受講し、1科目の授業は、1回2時間×週2回×12週間=合計48時間です。授業は月~木まで毎日2コマあり、1日の授業時間は2時間×2コマで4時間、1週間の授業時間は1日4時間×4日で16時間です。金~日は授業がありません。私が履修した科目は下記のとおりです。黒色が必修科目で、青色が選択科目になります。選択科目は実に多様で100以上の科目から選んで履修することができます。

Time of year

Year 1

Year 2

February
(Intensive)

Legal Method & Reasoning
(Foundation subject)

 

Semester 1

 (March ~ June)

 

 

Principles of Public Law

Administrative Law

Torts

Trusts

Obligations

Criminal Law

Dispute Resolution

Legal Research

July
(Intensive)

 

Evidence & Proof

Legal Ethics

Public International Law

Islamic Law

Semester 2

 (August ~ November)

 

 

Constitutional Law

Corporations Law

Contracts

Remedies

Property

Indigenous People, Land and Law

Legal Theory

Accounting for Commercial Lawyers

 

Employment Law

 December

(Intensive)

Patent Law 

Family Law

(3)授業

1年生の1学期のクラスサイズは30~40名であったのですが、1年生の2学期以降は60~70名となりました。それでもまだ教授が学生の名前と顔を覚えられる、教授と個人的な関係が築けるサイズです。なお、生徒を指名して回答させるソクラテス・メソッドはとられていませんが、学生の方から積極的に質問をするので、授業はインタラクティブなものになっています。

授業は予習していることを前提に進められ、予習のために毎日平均して50ページ程度判例を読むことになります。判例は、オーストラリアのものに限らず、イギリス・アメリカ・カナダ・ニュージーランドの判例も良く読みます。特にイギリスの判例は全体の4分の1くらいはあるのではないかと思います(特にTrustの授業で扱う判例は半分くらいイギリスの判例でした。)。イギリスの判例はオーストラリアがイギリスの植民地であった時代の古いものに限らず、最近のものも扱います。オーストラリア法とイギリス法は今でも非常によく似ていて、イギリスの判例がオーストラリアの法廷でも参考にされるためです。

授業についていくのは非常に大変です。1年生の1学期は判例も読み切れず、授業も教授が何をしゃべっているのか半分以上わからず、消化不良のまま試験期間に突入してしまいました。仕方がないので、授業のシラバスや授業中に配布したハンドアウトに重要そうに書いてある点(重要判例から抜き書きされたフレーズ等)を覚えて試験に臨みました。コモン・ローでは判例の事実関係の急所を覚えて、与えられた問題に対して、判例の事実関係とどこが同じだから判例に倣えばよい(followed)、又は判例の事実関係とここが違うから判例には従わなくてよい(distinguished)といった議論をするのが重要なのですが、1年生の1学期には、このようなことは全くできませんでした。授業を録音して聞き直せばよいというアドバイスもありますが、毎日4時間授業を受けている上に、翌日の予習をしなければならないので、授業を聞き直すような時間はとれません。アメリカでは各科目の内容が上手くまとまっている種本(Hornbookのようなもの)があり、それを読めば試験にも対応できると聞いていますが、オーストラリアでは、そのような類の出来の良い本は売っていません(少しは出ているのですが、あまり出来が良くなく、頼りになりません。)。1年生の2学期中頃からは授業の内容が分かるようになってきて、判例を読むコツもわかってきてスピードも上がり、判例で示された法原則だけではなく、判例の事実関係も理解して頭に入れて試験に臨めるようになりました。

学期末試験は大体1学期に受講する4科目のうち1科目が持ち帰り試験(1日間~3日間)で、後の3科目は筆記試験(3時間、手書き、ケースブック等の教材・紙の辞書は持ち込み可、択一問題はなく論述問題のみ)です。留学生に対するハンディキャップ措置はありません。なお、学期末試験の他に中間試験がある科目もあります。

ロースクールでの成績は法律事務所への就職の際に重要視されます。そのため、学生はかなり真剣に勉強しています。ロンドンや香港の国際法律事務所に就職しようと思えば、最低70点(Second Class Honour – 上位30%)の成績がなければなりませんし、オーストラリアの法律事務所に就職するにも最低65点(Third Class Honours – 上位50%程度)程度はないと厳しいと言われています。但し、アメリカのロースクールのJD課程に比べれば、そこまで学生間の競争は激しくないと思います。なお、メルボルンロースクールでは、成績は80~100点:H1(First Class Honours)、75~79点:H2A(Second Class Honours A)、70~74点:H2B(Second Class Honours B)、65~69点:H3(Third Class Honours)、50~64点:P(Pass)、0~49点:N(Fail)という付け方がされます。

(4)英語

JDは、同級生のほぼ全員が英語がネイティブの学生であり、クラスメートとして毎日同じ授業を受けており、彼らと自然に親しくなれるので、英語の上達につながります。JDのカリキュラムのも、グループ・アサインメントやプレゼンテーションが多くあり、英語でのコミュニケーション能力が高まるように配慮されています(各学期必ず1つはグループ・アサインメントとプレゼンテーションが必要とされる科目が入っていました。)。具体的には、1年生1学期にDispute ResolutionにおけるNegotiation Exercise(生徒が2対2で15分間の交渉を行う)、Principle of Public Lawにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼンがあり、1年生2学期には、Constitutional Lawにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼンがあり、2年生1学期には、Criminal Law and Procedureにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼン、Legal Researchにおける15分間の研究経過報告のプレゼンがありました。

グループ・アサインメントは中間試験の形をとっており、学期の中頃に実施され、最終的な成績評価の3割程度を占めます。なお、グループ・アサインメントではなく個人単位で行われる中間試験(指定された判例のいずれかを読んでケースノートを書く、週末に持ち帰り試験を行う、与えられたトピックについてエッセイを書く等で、やはり最終的な成績評価の3割程度を占めます)もあり、学期中に中弛みしないようになっています。なお、中間試験がなく、学期末の試験が成績評価の100%を占めるという科目も各学期1つか2つあります。授業中の発言が成績評価の対象になる科目は1年生の2学期に受講したLegal Theoryだけで、それも最終的な成績評価の10%にすぎませんでした。

(5)課外活動その他

1.Melbourne University Law Review 

2年生の1学期に、メルボルン・ロースクールが発行している法律雑誌であるMelbourne University Law Reviewのメンバーになり、編集作業を担当しました。アメリカにCitationのオーソリティーとしてBlue Bookがあるのと同様、オーストラリアにもAustralian Guide to Legal Citation(AGLC、現在第3版)というものがあります。編集作業は、このAGLCの規則に論文のCitationが従っているかチェックするというものです。リサーチスキル・Citationのスキル・正しい英文文章の書き方が身に着けられると思い、メンバーになりました。アメリカのロースクールだと法律雑誌のメンバーになるためには熾烈な競争がありますが、オーストラリアではそこまで激しい競争はありません。応募の際には、成績証明書・CV・カバーレターを提出して、リサーチ/Citationの試験及びEditorial Boardによる面接を受けます。

2.メンター制度

メルボルンJDには、メンター制度があり、学生一人一人に卒業生で実務家として活躍している方がメンターとしてつきます(メンター制度を利用しないこともできます。)。私のメンターは、行政訴訟を専門にするバリスター(法廷弁護士)の方で、日本に1年間の留学経験があります。担当する訴訟の法廷に連れて行ってもったり、インターン先を探す相談にも乗ってもらったりしました。

3.学生寮

メルボルンではGraduate Houseという大学院生用の寮に住んでいます。ロースクールの建物まで徒歩2分なので非常に便利です。寮費は、シングル・ルーム(家具付、バス・トイレは共用)で週340豪ドル、ダブル・ルーム(家具付、個別バス・トイレあり)で週440豪ドルでした。週12食分(月~金は朝晩2食、土日は朝1食)の食費、水道光熱費もこの金額に含まれています。私の寮には約100人が住んでおり、半分くらいは留学生です。朝晩の食事の際に一緒に食堂で食事を食べるので自然に仲良くなり、英語も上達します。また、寮では定期的に寮生が集まって行うイベントがあります。

4.オーストラリアの法律業界

人口500万人程度のビクトリア州だけでも法曹人口は1万6000人もいます。オーストラリアの大規模法律事務所はBig 6であり、Mallesons Stephen Jaque(弁護士数1000人)、Allens Arthur Robinson(弁護士数800人)、Blake Dawson(弁護士数650人)、Clayton Utz(弁護士数800人)、Freehills(弁護士数900人)及びMinter Ellison(弁護士数600人)です。各事務所ともオーストラリア国内の主要都市(シドニー、メルボルン、パース、ブリスベン等)に支店を持っています。これらの事務所は国際展開(但し、アジア地域のみ)も行っており、香港、シンガポール、上海、ハノイ、ジャカルタ等に支店を開いています。なお、Blake Dawsonは2009年にオーストラリアの法律事務所として初めて日本に支店を開いています。また、2009年には、オーストラリアでBig 6に次いで大きかったDeacons(弁護士数400人)がイギリス系国際法律事務所のNorton Roseと合併し、このNorton Roseが外資系事務所としてはオーストラリア最大の外資系事務所(所属弁護士総数1800人のうち400人がオーストラリア弁護士)となっています。

5.その他メルボルンの魅力

メルボルンはオーストラリアではシドニーに次ぐ第二の都市(人口400万人)であり、デパート、ショッピング・センター、スポーツ施設、文化施設等、一通りの施設が揃っています。メルボルン大学はメルボルンの中心地から歩いて15分程度の距離にあり、買い物等に便利です。1月にはテニスの全豪オープン、3月にはF1グランプリ、冬季(4月~9月)にはオーストラリア・ルール・フットボール(通称フッティ)、夏季(12月~2月)にはクリケットの試合が楽しめます。ゴルフ場も郊外にたくさんあり、1ラウンド40豪ドル程度払えば、プロのトーナメントに使用されるコースでもプレーできます。観光スポットは、奇岩が並ぶ海岸が見られるグレート・オーシャン・ロード、野生のペンギンが生息しているフィリップ・アイランド、ワイン産地のヤラバレー、かつての金鉱町バララット等があります。

(6)オーストラリアJDが取得できる大学

オーストラリアの著名な大学で、JD課程がある大学を以下に紹介します。Bond University以外は全てオーストラリアのトップ・スクールであるGroup 8の大学です。その他のGroup 8の大学は、Monash University(メルボルン、ビクトリア州)、University of Adelaide(アデレード、南オーストラリア州)、University of Queensland(ブリスベン、クイーンズランド州)であり、これらの大学はJDを導入せず、LLBを維持しています。アメリカと違ってオーストラリアでは学生が州を越えて他州の大学に行くことはあまりありません。各州の優秀な学生は、その州のトップの大学に行くのが通常です。シドニーとメルボルンは人口が多いのでトップの大学が2つあり、後の州は1つずつあります。

1.University of Melbourne (メルボルン、ビクトリア州):

2008年からJDスタート(LLB廃止)。JDは3年間だが、2年間に短縮することも可能。商業系の科目に強い。

応募要件は、応募用紙(推薦人を2名記載する欄があるが、推薦状は不要)、Personal Statement(800字以内)、学部・司法研修所の英文成績証明書、TOEFL(iBT)102点以上(Writing Sectionは24点以上、その他のSectionは21点以上)又はIELTS(Academic)7点以上(Writing Sectionは7点以上、その他のSectionは6点以上)、Law School Admission Test(LSAT)。

アメリカのロースクールと違って、LSATの成績はそこまで重要視されておらず、LSATが足切りに使われているということはないと思います。LSATは日本では年3回(6月、10月及び12月)実施されます。メルボルンJDの応募は授業が開始する年の前年7月中頃締め切りとなっています。入学時期は毎年2月の年1回のみです。JDの学費は、約8万豪ドル(24科目分)で、科目数を基準に計算されるので、2年で修了しても金額は変わりません。

2.University of New South Wales (シドニー、ニューサウスウェールズ州):

2010年からJDスタート(LLB廃止)。JDは3年間だが、2年間に短縮することも可能。入学時期は年2回(2月に開始する1学期からの入学は前年10月末までに出願、7月に開始する2学期からの入学は5月末までに出願する必要があります。)。TOEFL(iBT)90点以上(Writing Sectionは24点以上)又はIELTS(Academic)6.5点以上(全Section 6点以上)が要求され、LSATは要求されていないようです。学費は約8万豪ドルです。

3.University of Sydney(シドニー、ニューサウスウェールズ州):

オーストラリアで最も歴史のある大学。2011年からJDをスタートします。

4.University of Western Australia (パース、西オーストラリア州):

2013年からJDスタート(LLB廃止)。JDを2年間で修了できるかどうかは不明。資源関係の科目に特に強い。募集がまだ先のこともあり、まだJDの応募要件の詳細は決まっていないようです。

5.Australian National University (キャンベラ、オーストラリア首都地域):

オーストラリアで最も国際的な評価の高い大学。公法系の科目に強い。但し、JDは3年間で2年間には短縮はできない。また、LLB教育が中心でJD学生は少数派。

6.Bond University (ゴールドコースト、クイーンズランド州):

Group 8ではなく、歴史が浅いため知名度は低いが良い大学。JDとLLBの両方がある。JDは2年間で修了する。また、Trisemester制を採用しており、入学時期は年3回ある。但し、シンガポール法務省に認定されている大学ではないため、シンガポールの法曹資格取得のための要件は満たせない。